有難い限り


裏方が不足気味じゃないかと懸念してた今回の会だけど
ここ数日、色々な人に仕事の分担をお願いして回ったところ
みんな二言返事で快諾してくれてるので、このままいけばなんとかなりそうです。


これは久遠も中学も変わらないんだけど、有難い限りだよね。
仕事を引き受けてくれること自体よりも、それをしてでも参加してくれることが。
全員をゲストみたいに待遇出来れば、会としてそれに越したことはないんだろうけど
残念ながら、費用的にも会のシステム的にも、そうするのは不可能なので
誰かに仕事をお願いする他なくなってしまう
そうなったときに、面倒なことやらされるぐらいなら参加しなくていいってメンバーが居ないのが
本当に何より、嬉しい限りだよね。


また、前は他の人にお願いするぐらいなら全部自分でやればいいってスタンスだったんだけど
会を重ねるうち、それが間違いってか不可能だと気付いてきた
自分のマンパワーがそんなに高くない…むしろ低いのを毎度痛感させられるし
そもそもそれが高い人間であったとしても、身は一つしかないわけで、2つのことを同時には絶対出来ない。
やろうとすれば必ずどっかに無理が出て、上手く回らなくなってしまう


皆に負担をかけまいと、一人でやろうとして失敗することは
逆にずっと皆に迷惑をかける結果になってしまうってのが、わかった。


それに、「自分が負担を負うならどれだけでもいい」って考えも間違いだと教えられた。
会をやる理由は色々あるけど、基本的には、僕は自分がやりたいことをやってるだけだから
それに来てくれる皆は、事実はどうあれ僕の中では付き合ってくれてるって位置づけだったんだ
少々失礼な話かもだけど、僕は自分の動機を他人のためにと言いたくない人間なので、極論そういうことになる
だから自分がやれる範囲のことは可能な限りやるし、出来るだけ仕事も頼みたくないって考え方だった


それは割と今もかわってないんだけど、少し前…ある人と2人で飲んだときに
「イナケンが皆のことを気遣うように、皆もイナケンのこと心配してるんだよ」
「自分たちさえ楽しめれば、あとは誰がどんな苦労をしようが構わないって人はこのコミュニティには居ないから
 仕事が面倒なのはそうかもしれないけど、それ以上にずっとイナケンが潰れてしまわないか心配してる」
―と教えられた。
ちょっと泣きそうになった。
けど、幹事をするときに於いて、もっと周りに寄りかかっていいのかもと思わせてくれた。
ちょっと頼みずらい―けど自分は他の作業があって両方は出来ない―仕事を、他の参加者にお願いするとき
ずっと支えになってる言葉だったりする。


でも、仕事をお願いするにしろ、頭の中で考えてることを人に伝えるのは難しいし労力がかかる。
だからこそ、「人に伝える力」コミュニケーション能力が重要なんだろうね。
正直それがとてもとても低い僕は、時間をかけて一つ一つ説明して回るしかない。
付き合ってくれる全員に感謝です。


まだ確定してない役割が2,3残ってるので、今後もう少し仕事をお願いする人も出てくると思いますが
どうか協力してもらえたら、有難い限り。